愚か者
芽生えた感情が自分じゃないみたいで、差し伸べたはずの手を下した。
触れられた仮面の下が今でも悲鳴をあげる。
「わかった、俺が悪かった。だから責任取ってくれ、こんなに触られたいのお前だけだよ」
「責任も何も。最初から共に居させる為に呼んだのではないのか、“マスター”?」
「最初は怯えてたくせしてかっこよすぎでしょ……」
皮肉っぽく吐き捨てた彼に、笑顔が零れる。
彼は胸に手を当てながら不思議そうに首を傾げた。
美しく光っていたはずのその右目は濁ってしまった。少し惜しいと思う。お揃いだと、掠れた声でわざとらしく笑ってみせた。
「お前は最後まで吞気なのだな」
頬の汚れを拭ってやったはずなのに、水滴は次から次へと垂れていく。
知っている、これは「悲しい」という感情。何時かの箱庭で彼等に“教えてもらったもの”。こんな奴にこんな心を持つだなんて。もう動かないその身体を腕(かいな)に向かえ入れる。
「御前は何時も半分の世界を見ていたが、半分でもこの世界はみにくくいとおしいことに変わりはないのだな。……でも、もうすぐ何も見えなくなる。傍に居てくれ……」
独りは寂しいから。
折れた脚では簡単に倒れる。そうして逃れるように二人だけの世界へ身を投げた。
身体は金の砂へと成り果てて、崩れてきらきらと海へ溶けていく。壊れるのはどうやら俺の方が先らしい。折角なら共に、と思っていたが林檎を口に入れた者にはそれすら許されなかった。確かにこんな情けないものは俺達にはお似合いかもしれない。だが、充分満たされたからこれ以上望むつもりもない。
温度を失くした指に己の其れを絡めて、悪戯の様に口付けた。
それで幕は閉じる。
ありがとう 愛してるよ 俺の神様
「御前だって俺のただ一人の神様だったんだぞ」
大丈夫 ちゃんとわかってるよ
握っていたはずの手が一つになる。今度はお前から離すんだね。
俺達にはなんにも残らない。死体さえも、全部溶けるんだ。
ここは暗いね。お前はずっと此処に居たんだね。
やっと仲良くなれたと思ったのになぁ、少し寝坊したかな。まぁ安心してよ。
……次は俺が受け止めてあげるから。
「やぁ、俺の神様!自己紹介は必要かな?」
「?……お前は一体──嗚呼、御前は──すまない、何処かで会っただろうか」
「いーや、俺が一方的に知ってるだけだから気にしないで。俺はxx、また会えて嬉しいよ」
「そうか……俺はxxxxx。異国の神よ、俺も会えて嬉しい。うれしいな。とても……」
それはその時だけの宝物。
白い神様は自分でも気付かないまま、ただ涙を流した。
罪を犯した者が幸せになれるとでも? 笑える。